さるかに合戦
川で水くみした帰り道、カニはおにぎりをひろいました。
「だれか落としちゃったみたいね。もったいないからいただこうっと」
ちょうどそのとき、サルが向こうからやってきました。
サルはおなかペコペコでした。
サルの持ちものは柿のタネひと粒。
ゆいいつの資産ですが、食べてもまんぷくにならないし、そもそもおいしくありません。
おにぎりをひろうカニのすがたを見てサルは考えました。
──あのおにぎりとこの柿のタネを交換できないものだろうか
──柿のタネは食えないが、育てて実をつければ食える、しかもたくさん
──だからじぶんで育てたかったが、ここで飢え死にしてはもともこもない
「カニさん、カニさん、そのおにぎりとこの柿のタネ、交換しませんか?」
サルは笑顔でかたりかけました。
「タネを植えて育てたらたくさん実がなるから、かなりお得ですよ」
カニはいぶかしがりました。
おにぎりと柿のタネを代わる代わるながめました。
「うれしいお話ですけど、おにぎりは子どもたちに食べさせようと思っていました。タネと交換したら食べさせてあげられなくなってしまうわ」
そういうわけか、親ならとうぜんそう思うだろうとサルはうなずきました。
しかしサルも引きさがれません。おなかとせなかがもうくっつきそうなのです。
サルはおにぎりを持つカニのハサミを見てひらめきました。
「それならどうでしょう、おにぎり半分と柿のタネを交換。ただしカニさんが育てて柿が実ったらそれも半分ずつわける。おたがいおにぎりも食べられるし、実った柿もたくさん食べられる」
柿の木にたわわに実るたくさんの果実──。
カニのあたまからは柿を育てるときのトラブルやリスクはすっかりぜんぶとんでいました。
「なるほど! それはいいですね!」
サルは柿のタネをカニにわたし、おにぎり半分をわけてもらいました。
おにぎりはふくろにしまってちょっとずつ食べることにしました。
カニは家にかえって子どもたちにおにぎり半分をあげるとさっそくタネを庭にうえました。
そして子どもたちと水をやりながらたのしそうに歌をうたいました。
「芽をだせ芽をだせ柿のタネ~、は~やくださなきゃきっちゃうぞ~」
カニと子どもたちは植えたタネのうえでハサミをちらつかせて笑いました。
きられたくないのか、柿のタネはしぶしぶ芽をだしました。
つぎの日つぎの日もカニと子どもたちは歌をうたいました。
「の~びろのひよ柿のタネ~、のびなきゃはさみできっちゃうぞ~」
やはりきられたくないのか、柿の苗はぐんぐんのびました。
みるみるうちに木にそだち、花をさかせ、花はりっぱな実になりました。
おいしそうな大きな果実がいっぱいついたのです。
さっそくカニは実をとろうとしましたが、どうしても木にのぼれません。
そこにサルがやってきました。
「こんにちは~、そろそろ実るころですよね~」
サルは目をみはりました。
なんどか目をこすっては確認しました。
その数は100以上。
予想をはるかにこえる収穫です。
「ちょうどよかったわ、サルさん、収穫してくださらない?」
サルは考えました。
──実は半分にわけるときめた。じぶんは半分。カニも半分。
サルはきぜんと言いました。
「カニさん、やくそくなので半分だけいただきます。もう半分はカニさん、あなたのものです。あなたのものなのでじぶんは手はつけられません」
「そんなことおっしゃらず、獲ってくださいな」
気の毒とは思いながらも、サルはふくろをたずさえて木にのぼり、つぎつぎと実をもいでいきます。
もいでいるあいだじゅう、カニの親子はサルに収穫をお願いしつづけました。
半日かけて半分をとりおわってサルが木からおりると、カニは無言でサルをにらみ、ハサミをひらきました。
「どういうつもりでしょうか?」
「バラバラになりたくないでしょう──」
「脅迫、ですか?」
「こんなにお願いしてるのに、サルさん、はじめからこうするつもりだったのね」
「カニさんのものはカニさんのものです。カニさんいがいの手がふれるべきじゃないです」
「どういう意味?」
「たとえばじぶんとか、かりにべつのだれかがとってあげるとして、落としてつぶしてしまったりしたらどうしますか? それに収穫はれっきとした仕事です。タダでカニさんのためにはたらけと?」
カニはイライラをかくせませんでした。
「もっと実をわたせと言うことね。ひきょうだわ。わたしがのぼれないのを知っていて」
「カニさんがのぼれないのはカニさんの問題です。のぼれなければ、のぼれるだれかにたのめばいいですし」
サルが帰ろうとすると、カニはハサミをガチガチ鳴らしました。
「いいわ。とって。のこってる実の一割をあげるわ」
サルはうなずきました。
「では、あしたとりましょう。ただしもうひとつ、やくそくがあります。落ちてしまったらそれは事故。落ちた実はカニさんのとりぶんです」
カニは納得してその日の話しあいはおわったのでした。
つぎの日、サルは柿の木にのぼりました。
カニ親子は木のしたでハサミをガチガチ鳴らしてサルをみはっています。
サルはてぎわく実をもいでふくろにしまい、えだからえだへとびうつります。
「カニさ~ん! あぶないから木からはすこしなれてくださ~い!」
サルが注意をうながしますが、心底きらってカニ親子はききながします。
カニの目つきは、まるでおやの敵でもみるようです。
こまったカニ親子だとため息がもれたそのとき、えだのさきっぽからあおい実がひとつ落ちるのがみえました。
──ヘタムシか
そう思うなり、さけび声がきこえました。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
カニです。
木のしたでカニがたおれているのです。
あおい実はカニのこうらをつきやぶっています。
サルはいそいで木からおりました。
カニは白目をむいてあわをふき、意識をうしなっていました。
サルはお医者をよびにいくよう、あわてふためく子ガニたちに言いました。
サルはカニをふとんにねせてつきそいながら思いました。
──じぶんは信用されなかった
──だから注意してもカニさんは木のしたにいすわった
──きめごとには信頼がたいせつなのに
お医者がたどりつき、カニの手術がはじまりました。
子ガニたちは母ガニの部屋のとびらにむらがってむせび泣きました。
子ガニとあそぶやくそくをしていたハチやクリやウスやウシのフンがやってきましたが、子ガニたちはそんなきぶんではありません。
手術は長びきましたが、ぶじにおわりました。
いのちはとりとめましたが、意識がもどるかわからないとのことでした。
サルはお医者にことのてんまつをはなしました。
ハチとクリとウスとウシのフンもいっしょにききました。
お医者も子ガニのともだちも、すぎてしまったことに、よしあしをきめられませんでした。
よるがくると、サルはしずかに言いました。
「カニさんの子どもたち、こんなときになんだけど、あの柿の木はきみたちのものだ。でもきみたちは実をとれない。だから実がなるころになったら一割もらうことを条件にじぶんがとる。だから信じてほしい。カニさんはきみたちにあの柿の木の実をたくさん食べさせたかったんだ」
サルは春から夏は熱心に柿の木を手いれしました。
そして秋がくるとていねいに実をもぎました。
母カニの意識はもどりませんでしたが、しだいに顔つきがおだやかになりました。
やがて子ガニたちはサルをしたって「サルおじさん」とよぶようになりました。
そうして季節がいくつもいくつもすぎました。
いつのころからか、実をたべるころになると、カニの家では子ガニと子ガニのともだち、サルおじさん、そして母カニの笑い声がたえなくなったとのことです。