ブレーメンの音楽隊
あるところに老いたロバがいました。
ロバは足腰がいたくて、おもい荷物をはこべなくなってしまいました。
会社は時短勤務などの便宜をはからってくれました。
しかしロバはあるくのもつらくなる日もありました。
ロバはやむなく退職しましたが、仕事のあてはありません。
病気しがちで、お金も底をつき、みじめでした。
トボトボとあるきながら、ロバは少年の日を思い出しました。
笛や太鼓をにぎやかに奏でる「ブレーメンの音楽隊」
みんなを元気づける音楽隊にあこがれていたのです。
「もう失うものもないしな、ブレーメンにいって、音楽隊にいれてもらおう」
日暮れ、ロバは老いたイヌと出会いました。
「元気ないね、どうした?」
「鼻がきかなくなってな、狩りに出られなくなったんだ。自己都合退職だよ」
イヌが力なく笑うと、ロバはゆっくりうなずきました。
「ワシもおんなじだよ。もう金もない。よかったらいっしょにブレーメンに行ってみないか?」
ロバとイヌはたがいの境遇をかたりあい、うちとけました。
イヌはロバについていくことにしたのでした。
雨がふりしきる夜半すぎに、老いたネコと出会いました。
「ずぶぬれだよ、軒下にも入らないで、いったいどうした?」
「白内障がひどくなってね、ネズミをとれなくなって、モラハラうけて、おはらいばこさ」
ロバはネコに、あてがないならいっしょにブレーメンへ行こうと誘いました。
ネコとロバとイヌはたがいの境遇をかたりあい、うちとけました。
ネコはロバについていくことにしたのでした。
翌朝、老いたオンドリがしくしく泣いていました。
「もうお日様はあんなにのぼっているが、鳴かずに泣いて、どうした?」
「妻に先立たれてな、心にポッカリ穴があいた。もう消えてなくなりたい…」
ロバがオンドリに、よかったら気分転換にいっしょにブレーメンへ行こうと誘いました。
オンドリとネコとロバとイヌはたがいの境遇をかたりあい、うちとけました。
オンドリはロバについていくことにしたのでした。
新月の夜がやってきました。
暗闇からオオカミたちのうめき声が聞こえてきます。
宿がないので野営しようとしたところ、木のうえで見張っていたオンドリがつぶやきました。
「灯りが見えるんだが──」
移動するとオオカミにおそわれる危険がありますが、とどまっていても同じです。
すぐに灯りの方角へ向かうことにしました。
さいわいオオカミに出会いませんでしたが、屋敷についてノックしてもだれもでません。
しかし物音は聞こえます。
ぐちゃぐちゃ! むしゃむしゃ!
おそるおそる窓をのぞくと、そこに大きなオオカミが3匹、大きなカラスが1匹がいるのです。
オオカミとカラスはお肉やパンをおいしそうにまる呑みしています。
どうやら村からぬすんできた食べもののようでした。
「腹がへってるからうらやましいけど、まさかあんなやつらがいるとはなぁ」
そのときでした。
窓わくによじ登っていたイヌが、大きな音をたてて地面におっこちたのです。
オオカミたちは異変に気づきました。
一瞬で部屋からすがたを消すなり「ドスンッ」とひびいてドアがひらきました。
3匹とも四肢をふんばり、牙をたてていきり立っています。
カラスは敵意むきだしでわさわさと羽をゆすっています。
戦慄しながらロバたちは心のなかでつぶやきました。
こんな最期をむかえるなんてありきたりな昔話みたいだな──
張りつめたその場の空気にそぐわない、ふぬけた声で犬が言いました。
「嗚呼、いてて、いてて」
イヌがふらつきながら立ちあがると、オオカミの一匹がさけびました。
「え! おじさん? どうしてここに? おじさんだよね?」
イヌはおどろきを隠せません。
「おまえ! たしかウルフのせがれじゃないか! おまえこそなぜここに!」
そのオオカミは、むかしイヌが懇意にしていたオオカミのせがれでした。
狩りに出てはじめてのころ、イヌはそのオオカミの一挙手一投足を目撃しました。
粗野なオオカミらしくない、美しい狩りでした。
あざやかで、むだのないうごきが描きだす芸術でした。
イヌはそのオオカミを尊敬し、仲良くなりました。
しかし運命はざんこくで、ほどなくそのオオカミは巨大クマにおそわれたのです。
イヌが駆けつけたとき、オオカミもその細君もすでに息絶えていました。
イヌはオオカミのそばで泣くあかんぼうをつれかえってそだてました、ひとり立ちできる日まで。
イヌはみんなに説明しました。
そしてウルフのせがれに言いました。
「こんなところで夜盗とは、どうした?」
「やりたくてやってるわけじゃないよ。狩りの仕事がないんだ」
「狩り以外にあるだろう、荷運びとか、ネズミ捕りとか」
「雇ってもらえないんだ。身元保証なしのオオカミだし、経験ないからって」
オオカミ3匹とカラス1匹はいきどおっていました。
ネコと顔を見あわせたロバが苦しそうに言いました。
「わしらは歳だが、きみらは若い。力と才能があふれているというのに」
「もっと早く気づくべきだったのかもな。きみらの可能性に」
オンドリが切なそうに言うと、イヌが言いました。
「はたらく場所がないなら、じぶんらでつくればいい。歳をとったわしらには経験がある。きみらには未来がある。わしらが教え、きみらが習う。そうやって地力を身につければいい」
うれしさがからだからあふれでて、オオカミは跳ねまわり、カラスは飛びまわりました。
老いたロバたちの目にかがやきがもどりました。
ロバは荷運びのコツを、ネコはネズミ捕りのコツを、オンドリは早起きのコツを、オオカミとカラスにおしえました。
失敗をくりかえすオオカミたちに、なんどでもていねいにおしえました。
くじけそうになったらやさしくはげましました。
やがて、とても良い訓練所があるといううわさがひろがりました。
高い技術をたしかに身につけたオオカミとカラスが、村で狩り以外の仕事をえたからです。
となり村からも若いオオカミやロバやイヌやネコやオンドリがあつまるようになりました。
経験がたりないだけで、若い彼らはいろんな特技をもっていました。
ロバたちは彼らから笛や太鼓をおしえてもらいました。
ネコとオンドリはみるみる上達して演奏会をひらけるほどになりました。
「なぁ、あいぼう、ブレーメンだが──」
イヌが問いかけると、ロバはほほえみました。
「ああ、ここがブレーメンだよ」