アリとキリギリス
木々はみずみずしく葉をしげらせ、咲きみだれる花々にはちょうちょが舞っています。
キリギリスはよく香るお花ばたけでバイオリンを弾き、歌をうたっていました。
恒例の夏フェスです。
主催者はキリギリスです。
「ああ、たのしい! 音楽っていいな! 夏サイコー!」
キリギリスの目の前を、アリたちが汗水たらしながら通っていきます。
よいこらしょ。
どっこいしょ。
えっさ。ほいさ。
アリたちはなにかを運んでいるようです。
「お~い、アリさ~ん! なにしてるんだ~い?」
キリギリスがたずねると、アリたちはこたえました。
「たべものを運んで蓄えてるんだ。キリギリスさんも冬にそなえたほうがいいよ~」
よいこらしょ。
どっこいしょ。
えっさ。ほいさ。
そんなアリたちを見て、キリギリスはクスッと笑いました。
「夏がきたってのにさ、仕事ばっかだね!」
キリギリスは実直できまじめなアリたちが大好きでした。
「生きていくためにはしようがないよ~」
大きなお世話だなぁと思いましたが、アリたちはお節介なキリギリスが大好きでした。
「この前もアリさんに教えたけどさ、投資すればいいんだよ。冬になったらたべものが足りなくなるからさ、欲しがられたらさ、春になったら倍にして返すように約束して貸すんだよ。みんながんばって返そうとしてくれる。返してもらえれば2倍になる。また次の冬に同じようにして貸したらさらに倍になる。増えたぶんはお金にかえてほったらかしておく。どんどん増えるよ」
「貸すのってなんだか不安だな~。手元に置いておくのがしょうにあっているのかな~」
アリたちはキリギリスの提案には耳をかたむけませんでした。
貸したものが返ってこなかったらどうしよう。そう思って二の足をふんだのです。
アリたちは朝日がのぼるまえからはたらきはじめ、日が沈んでからもはたらきました。
いっぽうのキリギリスは、フェスがおわると仕事をセーブして、夏をぞんぶんにたのしみました。
キリギリスは朝もやのかかる山をのぼり、まぶしく輝く大海原をおよぎ、川のせせらぎを聞きながらキャンプしました。
それは、アリたちが夢にも思わない世界のありかたでした。
にぎやかな夏の喧騒はいつのまにか消え、やがて冬がやってきました。
草花もすっかり枯れてしまいました。
冬の夜の北風は、からだもこころもこおらせるくらいとてもさむいです。
ある夜、おなかが空いてとほうに暮れるむしが、キリギリスの家にやってきました。
キリギリスはちょうど貸付帳簿をひらいて貸付金勘定しているところでした。
キリギリスはむしと約束をかわすと、証文といっしょに、たべものをわたしてあげました。
むしは涙をながしてよろこんでかえっていきました。
べつの日の夜、おなかが空いてとほうに暮れるむしが、アリたちの家の前をとおりました。
窓からは、アリたちがテーブルをかこみ、つつましやかに温かい食事をたのしむすがたが見えました。
「いいなぁ」
むしのおなかが「ぐううううう~」とうなりました。
おなかはとても正直です。
むしはアリたちの家のドアノックをたたきました。
「どうかしました?」
「ほんのちょっとで、いいんです、たべものを、わけてもらえないでしょうか」
アリたちは困惑して顔を見あわせました。
「むしさん、たいへんこまっていると思いますが、そんなによゆうないんです」
「ほんのちょっとでいいんです、ほんのちょっとで」
「もうしわけないけど、わけてあげられるほどよゆうないんです。ほかをあたってください」
ドアがバタンと閉じられると、むしはその場にへたりこんでしまいました。
つぎの日の朝、きぶんよく散歩にでたキリギリスが、アリたちの家の前にむしが倒れているのを見つけました。
「どうしました? だいじょうぶですか?」
キリギリスはかたをかついで家にはこび、むしに温かいごはんをさしだしました。
「ありがとう、キリギリスさん。とてもうれしいよ。でもお金がないし仕事もない。倍にして返せる見こみがないんです」
「返してもらえるなら、何年かかってもいいですよ。いつまでも待ちます。でもいまは食べて、生きることを考えましょう。むしさん、きっとあなたにもしあわせな未来がまっているはずですよ」
その冬は近年まれにみるさむさでしたが、アリたちも、飢えたむしも、キリギリスも、みんなぶじに春をむかえることができました。